自分がこのカウンターに座りたいかどうか、
これが基準だと、店主は語る。
お客一人一人の好みや状態に気を配り、
その人にぴったりの料理や寿司を提供する。
熟成魚も堪能できる、
秀逸な“街のお寿司屋さん”だ。
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丁寧な仕事がなされたネタ箱。一眼見ただけで、店主の仕事の確かさがわかる。これからの展開に胸が踊らずにいられない
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芝エビと山芋のすり身を練り込んだ、昔ながらの卵焼き。甘く、どっしりとした味わいだ
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撮影のために一皿に盛っていただいたが、天ぷらは揚げたてを一品一品供される。刺身でも食べられるホタテだからこその、絶妙なレアな揚げ加減。驚きの甘さだ
店長からの一言
店長 石澤宏希さん
お一人さまでも気兼ねなく、お立ち寄りいただけるお寿司屋です。お寿司屋さんはしょっちゅう来られる場所ではありませんし、入りにくい店だと思います。勇気を振り絞っていらしてくださった方々を、大切にしたいという思いがあります。お一人お一人に合わせることができる、お寿司屋さんの良さをわかっていただければ幸いです。
基本情報
店名 | さわ木庵 |
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住所 | 福生市熊川448-9 |
電話 | 080-7265-6802 |
営業時間 |
11:30~14:30 17:00~22:00 |
定休日 | 日曜日の夜の部 ※昼の部は予約制 (日曜昼は4名様~) |
駐車場 | 2台+提携駐車場有り |
カード使用 | 可 |
URL | https://www.sawakian.net |
ストーリー
隠れ家風一軒家で、特別な時間を味わう
拝島駅から徒歩5分という場所に、まさか、こんな隠れ家があったとは。端正な木目のカウンターに座れば、凜とした清浄な空間を肌で感じる。木製の箱には、丁寧に下処理されたネタが整然と並び、それだけで店主の仕事の確かさを思う。
昼に、ランチコースをいただいた。まず、小鉢は「自家製豆腐」。塩にわさびでいただけば、大豆の濃厚な甘みとなめらかな食感に一気に魅了される。店主の石澤さん曰く、「昼も夜も、先付はこの手作りの豆腐になっています」とのこと。もちろん自信作であることに加え、その理由は後になってわかることとなる。
「ミニ八寸」は、いろいろ楽しい。とろりとした生湯葉に、マグロの酒盗を合わせるとは! 昔ながらの卵焼きは芝エビのすり身と山芋が入った、どっしりとした食感の甘めの味わい。全てが、いいハーモニーだ。
この日の「一品料理」は、カツオの藁焼き。炙られた皮目が香ばしく、藁のスモークをまとった、モチモチのカツオの野趣あふれる味わいの力強さに、「参りました」としか言いようがない。記憶に確実に残る、素晴らしい一品だ。
天ぷらは、一品ずつ供される。分厚いホタテをレアで味わうや、その甘みに衝撃が走る。分厚く切ったナスはアツアツトロトロ、八丁味噌が抜群に合う。
「天ぷらは季節で変わりますが、ホタテのいいものがあれば、天ぷらで出すようにしています。生も美味しいのですが、これぐらい火を通した方がより甘みを感じるので」
ここまで、どこにも隙はない。完璧と言っていい丁寧な仕事に、ただ頭が下がるばかりだ。
寿司屋には寿司屋の仕事、価値は鮮度だけではない
いよいよ、最後の握り7貫だ。実は、石澤さんは手作り豆腐のワサビの減る量で、客のわさびへの強さを確認していたとサラリと語る。それにより、握りのわさびの量を調整するのだ。初めから、こんな心配りでスタートしていたのだ。
脂の乗った旨味爆発の中トロと、小ぶりのシャリとの完璧な調和たるや、感動に打ち震えるしかない。アカイカには両面に細やかな包丁が入れられ、甘エビは叩いて握る。無駄のない、確かな仕事が目の前で繰り広げられる。
「甘エビは4日、重石をして寝かせて、脱水したものを叩いています。ねっとり感が、違うと思います」
繊細な下処理の、何という素晴らしさ。凝縮した甘みと驚きのねっとり感を持つ甘エビは、今まで食べたことがないものだった。追加で、生のトリ貝を注文。生のトリ貝は採れる期間が1年のうち2ヶ月と短く、ボイルしたものと別物だと聞き、折角の機会を逃したくなかったからだ。ひと口で、衝撃が走る。とろりとした食感、貝の香りと甘みは今まで食べていたトリ貝とは、全くの別物だった。
「寿司屋には、寿司屋の仕事があります。刺身なら鮮度が第一ですが、寿司ネタとなると別の考え方になります。鮮度が全てではないということです。この金目鯛は寝かせて熟成させてあって、7日目でも美味しく召し上がっていただけます。白身は、仕入れた日は寿司のメニューには載せません。刺身ならぶりんとした食感がいいのですが、寿司ネタとしてはいかがなものか。脱水しながら寝かせて熟成させた5日目の白身は、全然違います。若干、生ハムに近いというか、歯応えもありますし。魚を寝かせるというのが、他の店とは違うと思います」
その5日目の白身、絶対に食したいと心から思う。そんな垂涎の店が、ちゃんと地元にあるわけだ。
小回りが効く、お寿司屋さんの良さを知ってほしい
保育園児から一貫して、寿司職人志望
石澤さんは、福生生まれ。近くにあった白百合寿司に連れて行ってもらうのが、楽しくて仕方がない時間だった。
「魚がすごく好きで、食べても美味しいし、店には水槽があって魚やエビがいて、テーマパークのよう。でも、なかなか連れてきてはもらえない。自分で寿司職人になれば、毎日、ここにいられるって、寿司職人になろうと決めました」
高校は都立農業高校に進学、都内で唯一、調理師免許が取れる学校だった。卒業後、寿司職人の夢はぶれることはなかったが、「最初は寿司以外から、始めよう」と料亭へ。住み込みで、皿洗いや雑用からのスタートだった。
「もはや、寿司だけやっていればいい時代ではなくなると思ったので、和食の修行に入りましたが、雑用ばっかり。朝5時から深夜2時まで休みなしで働き、月に給料は10万。最低賃金の、半分以下。ここでの10代の雑用係を経て、次の居酒屋で、魚の捌き方や市場の買い付けなどいろいろ任せられて、ここで覚えましたね」
23歳で、いよいよ寿司の世界へ。神楽坂の店で3年、次に自宅から通える八王子のリーズナブルな人気寿司店へ。
「リーズナブルなのに、すごいネタを使っている人気店で、ものすごく忙しい。ここで、寿司をしっかりと学びました。もう、やるしかなくて。27歳で店長になり、35歳までは続けようと思っていましたが、今の物件を紹介され、地元の友人の後押しもあり、30歳で自分の店を持つことになりました」
石澤さんは今、40歳。今年の10月で、店は10周年を迎える。
開店当初から、毎日、三多摩市場に通い、良い素材を吟味する。信頼する仲買人からは「銀座に負けないものを、さわ木庵さんには出させてもらっているよ」と言われるまでの関係に。だから、ありきたりではないネタと出会える店となっている。
その人にフィットさせて提供できるのが、寿司屋の良さ
石澤さんは、お寿司屋さんの良さを多くの人に知ってほしいと願っている。
「その人にフィットさせられるメリットが、寿司屋にはあるのです。刺身なら、一切れからお切りします。1人前4〜5切れの造りの量が多いのなら、お好みの魚を3切れでもお造りにしますし、一人前だと量が多い一品ものは、半分でも提供できます。例えば、カニみそと生湯葉酒盗を頼まれたなら、『珍味で、盛り合わせを作りますか』といった提案もできます。シャリの大きさも握りの具合も、その方に合わせて出していきます。コースの後ならシャリを小さめにするとか、年配の方には食べやすいように、ネタをシャリに絡ませて握るとか、皆さんにちょうどいいように。そうやって丁寧な、いい仕事をしていくだけです」
石澤さんはカウンターの内側で、さりげなく客の様子を見ながら、その客に合うように少しずつ調整しながら、提供していく。左利きの人には取りやすいような並びで寿司を置くことも、さっと自然体で気づかれないような心配りで行う。こんな優しいカウンターって、あるだろうか。
有難いことに格調高い空間でいただく寿司なのに、リーズナブルなのだ。
「一品料理をいくつか食べられて、お酒をまあまあ飲まれて、握りを摘んで、男性でも1万円ほどです。寿司屋って値段がよくわからないことがありますが、そんなストレスがないよう、うちは全て値段を明記しています。都内の店と張り合っても失礼がないいいものを、提供させていただいています」
庶民にとって、寿司屋は高嶺の花だ。せいぜい年に1、2回、何かの記念日に頑張って訪ねるハレの場所。その庶民の気持ちを知っているからこそ、石澤さんは「普通の人ができる贅沢の範囲に、できる限り寄り添いたい」と、いつも思う。
とびきりの料理と寿司が楽しめる、やさしいお寿司屋さんに乾杯だ!