毎日、真剣勝負で蕎麦を打つ。
納得したものだけを、茹で上げる。
香り高く風味よく、つるりと喉ごしは抜群。
自慢の蕎麦と、粋な名物酒肴が揃う、
くつろぎの蕎麦屋が銀座通りにある。
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和の情趣漂う、エントランス。のれんをくぐり、石畳を進めば玄関だ
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(上)自慢の玉子焼(550円)は、ふんわり、ふっくら。出しの味を存分に味わう一品。奥深く、やさしい味わいだ。(下)カリカリ、サクサク、ピリッといろいろな食感が面白い「そば味噌焼き」(450円)。香ばしさこそ、その信条
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人気メニュー「そばがきの揚げ出し」(680円)。ふわふわ、もちもちのそばがき。揚げてあるので香ばしい。きりっとした輪郭のお出しが効いた、やさしい餡がベストマッチング
店長からの一言
森田敬一朗さん
「一打入魂」を胸に、毎日、真剣勝負で蕎麦を打っています。打ち手が二人いますから、打ち立ての蕎麦をお召し上がりいただけます。ゆったりとした空間で、お客さまがくつろぐながら蕎麦やお酒を楽しんで、気持ちが豊かになっていただけることを目指しています。どうか、お気軽にお立ち寄りください。
基本情報
店名 | 蕎麦・酒肴 志向庵 |
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住所 | 福生市志茂68 |
電話 | 042‐551-2843 |
営業時間 |
11:00~14:30 17:00~22:00 (最終入店20:30) |
定休日 | 火曜、水曜 |
駐車場 | 6台 |
カード使用 | クレジットカード可 paypay払い可 |
URL | https://shikouan-soba.com |
ストーリー
全身全霊を傾ける、妥協なき蕎麦打ち
「一応、二代目ですが、父と一緒に創業以来、毎日、蕎麦を打っています。今は自分の比重が大きいですね」
若き店主、森田さんはすでにこの道15年以上のベテランだった。森田さんがまず出してくれたのが、「冷ぶっかけ」(1,080円)。蕎麦の上にえび天、舞茸天、岩のり、鰹節が中央の温泉卵を囲むように配され、つゆを「ぶっかけ」て食す、店の一番人気メニューだ。
手繰ればふわっと蕎麦の香りが鼻に抜け、しっかりとしたコシがあり歯応えもいい。つるっとした口当たりで、喉越しは抜群。何より、蕎麦が甘い。これこそ、蕎麦の風味なのか。天ぷらはサクッ、岩のり香りがいいアクセント、一番人気も納得だ。
続いて、森田さんのおススメは「九条ねぎとイベリコ豚の肉つけそば」(1,100円)。
濃い目の力強い出しが、豚の甘い脂をしっかり受け止め、ねぎのシャキシャキが絶妙。あたたかな汁につけているのに、蕎麦の風味は損なわれない。エッジがきりっと立っている。蕎麦に黒い粒粒が混じっているからか、とにかく香りがいい。
身体中に衝撃が走る。これは、特別な蕎麦だ。こんな蕎麦、初めてだ。
「蕎麦粉は八ヶ岳のかなり粗挽きのものを入れて、滑らかにするために北海道や越前など、その時の状態のいい蕎麦粉とブレンドした二八です。蕎麦打ちは毎日、真剣勝負。気が抜けないです。失敗したと思ったらお出ししません。納得したものだけを、できる限り打ち立てで提供するようにしています」
若き蕎麦打ち職人のあくなき探究心と情熱が、この奇跡の蕎麦を生み出すのだ。
蕎麦屋ならではの粋な酒肴で、地酒をキュッ
「利き酒セット」(780円)は西多摩の五蔵から、三種を選ぶ人気メニュー。嘉泉と多満自慢、喜正を選んで酒肴を待つ。これも、蕎麦屋の醍醐味だ。
美しい黄金色に輝く、定番の「玉子焼」(550円)。箸を入れればふんわり、ふっくら。濃厚な出しの旨味に感動が止まらない。一見普通の「そば焼き味噌」(450円)は香ばしさだけでなく、カリカリ、サクサクといろんな食感に舌が驚く意外な一品。普通の蕎麦味噌と格段の差だ。「入っているのは蕎麦の実、ごま、鰹節、一味、韃靼蕎麦、胡桃、ねぎ、大葉、そして西京味噌」と、ここまで手が込んだものとは恐れ入るばかり。
「これがね、人気あるんですよ」と出してくれた、「そばがき揚げ出し」(680円)。ふわふわ、もちもち、ねっとりした揚げそばがきに、きりっとした輪郭の濃い出しの餡がやさしく絡む。秀逸すぎる酒肴だ。
「もりとかけでは、出しが違うんです。もりは濃い鰹の出し、かけは鯖が効いた旨味出し。かえしが違うんです。この揚げ出しには、ぶっかけの出しを使って餡を作っています」
細やかに手が込んだ、ザ・蕎麦屋の酒肴で、地酒をキュッと行く。これぞ至福、これぞ生き甲斐。こんな店が地元にあることは、間違いなく幸せだ。
くつろぎの豊かな時間を提供したい
伝統食・蕎麦を、もっと若い世代にも
とにかく、蕎麦が好きな一家だった。父・修一さん(61歳)と母・文子さん(61歳)と3人で、暇があれば各地に蕎麦を食べに出かけた。やがて、自分たちの食べたい蕎麦は自分で打つしかないということに気づく。見よう見まねで仲間や町会に振る舞ったところ、大好評。ならば蕎麦屋を開業しようと、修一さんは仕事を辞め、修行に出た。この時、敬一朗さんは高校生。やがて自分も、蕎麦打ち職人になることを決意する。父は考えた。
「普通にやっていたなら、他の蕎麦屋にはかなわない。だからお互い、違う流派の店に修行に出よう」
父と息子はそれぞれのノウハウを学び、切磋琢磨していく。思いは一つだ。
「一つのやり方に固定する必要はない。いろんなものを取り入れていこう」
当初、青梅市の吉野街道沿いに開業しようとしたが、地元の仲間に引き止められた。「ここで、やれ。よそに行くな」と、寄せられた熱い思い。そこで急遽、自宅を改装してのオープンとなった。店名には「みんなの心が向かい、来てくれるところ」という意味を込めた。
「目指す蕎麦は素朴だけれど深みがあって、喉越しがあって、香りが高いもの。とにかく、喉越しがよくないと、うちはだめ」と母の文子さん。
そのために蕎麦粉を厳選し、水にこだわった。店内の水はすべて、蕎麦打ちだけでなく出しにも調理全般にも特別なイオン水を使う。
しかし何より、蕎麦打ちだ。
「黒い粒は<星>と言って、甘皮を敢えて入れてるんです。香りがいいし、旨味のもとになる。だけど、入れれば入れるほど打つのが難しい。自分は父と違って、生地を引っ張らない打ち方をします。それが、滑らかな喉越しに繋がるから。毎日、コンディションが違うものを、どう制圧するか。これだと満足するものが打てないのが、蕎麦の魅力ですね。日々、探求です」
店の何よりの強みは、打ち手が二人いること。ゆえにその日の分の蕎麦をすべて打つ「打ちだめ」をせず、「追い打ち」をして、打ち立てを出せる。時間が経てば、蕎麦の品質は落ちる。つまり客は、最高の状態の蕎麦を食べることができるのだ。
「美味しい蕎麦を打って、伝統食である蕎麦をもっともっと、若い世代に食べてもらいたい。ファミレスに行くだけでなく……」
故に、家族連れ大歓迎。子どもは将来の重要なお客さま。小さいうちから本物を食べれば、ジャンクフードにはきっと流れない。栄養価的にも見直されている蕎麦を、究極の形で味わえる貴重な店だ。
地元に支えられての12年、福生のためにも貢献したい
風格ある門をくぐり、石畳を進み、玄関を開け、靴を脱いだ時からくつろぎの時間が始まる。日本建築の美を味わう、格調高い雰囲気の中、ゆったりと食事を楽しめるのも志向庵の大きな魅力だ。松の一枚板のテーブルが置かれた椅子席の個室は、会合やお年寄りに好評だ。一方の蔵席は、気軽に女性のおひとりさまでもリラックスして昼酒が楽しめる場所。宴会にも対応できる座敷席もある。
「飲食店とは、お客さまの時間をお預かりすると思うんです。だからいかに、店で過ごす時間が幸せで、至福の時となるように目指しています」
その至福のひとつに地元客が虎視眈々と待ち受けている、春と冬限定の「桜えび」がある。静岡県由比漁港直送の桜えびのかき揚げこそ、志向庵きっての名物料理だ。
「皆さん、桜えびの旗が揚がるのを待っていてくれるんです。生で食べられるえびだから、あまり火を通したくないんです。中は半生で、外はサクッと揚げる。現地で食べるより美味しいって言われますね」
待ちわびる客続出というのも、一口で納得。サクサク、カリッとした衣は重さを微塵も感じず、ふわっとしたえびの食感、甘さが口中に広がった瞬間、「あ〜、幸せ〜」という思いが込み上げてきた。
「地域の皆さまに支えられて、ここまできました。これからは福生がもっとよい街になっていくために、この志向庵もその一つになれればと思っています」
森田さんには、忘れられない言葉がある。「今までで食べた蕎麦の中で、一番美味しかったよ」という客の感想こそ、仕事の醍醐味でありやり甲斐だ。そう思って店を後にする客は、間違いなく相当数いる。