赤いのぼり旗に、「坂東太郎」の名が揺れる。これが店主自慢の、"極み"の鰻に冠された名。近隣ではお目にかかれない希少な鰻が、最高の状態で供され、黙々かっこむ――これぞ極上。無上の喜びを、福生自慢の老舗で堪能あれ。
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お得感たっぷりの「せいろまぶし」(3,780円)。はじめは鰻重で、次に薬味満載のお茶漬で。風味抜群のカツオだしでサラリとすする、うな茶は最高
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天ぷら盛り合わせ(1,188円)。ぷりっぷりの車エビに、イカ、アナゴ、野菜と盛り沢山。サクサクで、とても香ばしい
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厳選された日本酒。近隣では珍しい島根の王禄、そして地元の多満自慢や田村酒造の逸品「田むら」は3種楽しめる
店長からの一言
窪田重剛さん
お子様からお年寄りまでゆったりくつろげる、アットホームなお店です。多少、お時間をいただくことになりますが、美味しいうなぎを作ります。どうか一度、お気軽にお越しください。
基本情報
店名 | 鰻・天麩羅 くぼた |
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住所 | 福生市福生910 |
電話 | 042-551-0545 |
営業時間 |
11:30~14:00 (LO 13:30)17:00~21:00 (LO 20:00) |
定休日 |
月曜 第一日曜、第三火曜(1・7・8・12月を除く) |
駐車場 | 13台 |
カード使用 | 可 |
URL | http://unagi-kubota.sakura.ne.jp/ |
ストーリー
坂東太郎に、"一箸・ノックアウト"
鰻重の楽しみは、蓋を開けるところから始まる。高鳴る胸を押さえつつお重の蓋を開けるや、そこにあるのは小宇宙。照りっ照りの神々しいお姿に唾を飲み、心静かにお箸を入れる。驚愕はその瞬間から、始まった。お箸から伝わる"ふっくら感"、"ふわっと感"が全然違う。湯気と一緒に立ちあがるのは、とても上品でまろやかな香り・・・。
これが、3代目店主・重剛さん自慢の鰻、「坂東太郎」との出会いだった。身はふっくら、とろり、ふんわりと口中に溶け、脂はどこまでも甘く、香ばしくパリッと焼かれた皮のちゅるんとした食感も抜群だ。白身魚独特の優しい味わいをしっかり感じ、あっさりとしたタレが素材を見事に引き立て、臭みもくどさも皆無。表現するなら、上品で繊細、清らかな鰻。ああ、「何、これー!」って叫びたい。
これが養殖でありながら、餌と水に最大の配慮がなされ、天然の風味に限りなく近づいた「坂東太郎」の実力だった。
老舗の卸業者「忠平」から特別なルートで供される、近隣ではほとんど食せない貴重な鰻。これを重剛さんは注文を受けてから、割く。そうして串を打って焼いて、時間をかけて蒸して、タレをつけて焼いて供してくれる。「時間はかかりますが、味とふっくら感が違うので」とサラリと笑うが、何と贅沢な鰻体験がここでは可能なのだろう。
双璧をなす、厳選された国産鰻もピカイチ
通常の鰻も素晴らしい。重剛さんは店を継いだ5年前に、使用する鰻をすべて九州・大隅産に変えた。「単に、自分の好みですよ」と事もなげに笑うが、それこそ「身はふっくら、皮はほどよく溶けて、甘いがさっぱり目のタレとの相性がいい」という、重剛さんの供したい鰻だから。
同じ鰻重でも、こちらは身と脂と皮が渾然一体。とろとろ、ふっくらの身は脂と一緒にあっという間に口中でしゅわっと溶け、タレがしみ込んだご飯と分離せずに一体化。もはや、ひたすらかっこむのみ。「坂東太郎」よりこってり、しっかりした味わいで、ガッツリ鰻をかっこみたい時は、こっちかも~と思う。ああ、深い悩みに突き落とす「双璧」だ。
「自分の形を表現して、それで美味しかったって感動してもらえれば」と重剛さん。だから手間を惜しまない。焼き台の上で何度も何度も鰻をひっくり返す手間は、鰻の身から噴き出してくる脂で、芯から焼きあげるため。それこそ蓋を開けた瞬間の「感動」のためには、無くてはならないものだから。
もちろん2枚看板の天ぷらも、ごま油を配合した油で、香ばしくカラリと揚げる。サクサクした食感は、さすが、50年の老舗ならではの味。「うちのメニューって、昔から変わってないんですよ」と笑うように、刺身、蒸しもの、焼き物、酢の物と、日本料理の全てをカバーするのも老舗の風格。酒匠の重剛さんが厳選した、日本酒や焼酎も秀逸だ。
創業者である93歳の祖母・松江さんが毎日お店に立ち、女将である母・京子さんのほがらかな笑顔は花のよう。こんなアットホームな老舗は、全国探してもそうはない。
50年という老舗の土台の上に
いろいろな"ハジメの一歩"
「くぼた」の創業はおよそ、50年前。お店では「ママ」と呼ばれる重剛さんの祖母・松江さん(現在93歳!)が、小料理屋をオープン。当時は、料理屋とともに、米軍の将校さんが宿泊をする旅館もやっていたという。
この店に「鰻」と「天麩羅」という2大看板を打ち立て、個性を確立したのが松江さんの息子、2代目の重信さんだ。ここで、「くぼた」は、新たなスタートを切ることとなる。重信さんは「営業部長」として、店の周知に飛び回る。そのおかげで「くぼた」は、福生では知らない人はいないほどの名店となる。
この跡を継いだのが、3代目の重剛さんだ。ここで「くぼた」はまた、新たな始まりを迎える。重剛さんは手ぬぐいを頭にキリリと巻き、作務衣姿で厨房に立つ。経営者でありながら、自ら料理を作って供すという「職人」の道を選んだのだ。
鰻の匂いと共に育ったといっても過言ではない。「もともと鰻は大好きだったけど、店を継ぐとは積極的に思っていたわけではなかった」と振り返る。とりあえず入ったのが、調理師学校。「もっと遊びたいでしょ」と真面目一徹の姿に、お茶目な一面が顔を出す。
あらゆる意味で勉強になったのが、社会福祉協議会に就職、デイサービスで料理を作ったことだった。栄養士に「怒られながら」、いろいろなことを学んだ10年。料理はすべて手作り、お菓子も作った。何よりお年寄りに喜んでもらえることが喜びだった。
そしていよいよ、店を継ぐとなった時、ひょんなことから出会ったのが「蒲焼屋学校」だった。
すべては、蒲焼屋学校から
蒲焼屋学校というものがこの世にあるのが、驚きだった。これは「坂東太郎」の卸業者「忠平」が、蒲焼職人を育てる養成所だ。場所は、千葉県銚子市。重剛さんは妻子と離れ、一カ月泊まり込みで、蒲焼の工程を一から学ぶ。たまたま一緒に学んだのは同じ、鰻屋の息子たち。ここでいろいろなネットワークを得、いろいろな鰻屋を見る機会も得たことも大きかった。もちろん、このルートから特別に「坂東太郎」を仕入れることができたのだ。
店を継ぐからには、いい店にしたい。この5年、その一念でやってきた。キレイで清潔、落ち着ける雰囲気で「食べて感動してもらえるような、その感動を何より表現したい」と。その表現のひとつが鰻であり、「感動を与えられるような鰻」を提供することに心血を注いできたのだ。
「それもこれも、店の土台があったからだと思います」と重剛さんは言う。祖母と父が作ってきた土台があればこそ、そこに自分の形を加えることができるのだ。「もともと、うちの串は関西風の長い金串なんです。これは何度もひっくり返すのにちょうどいい」と伝統を受け継ぎ、「継ぎ足し継ぎ足し使っているタレは、西多摩の気候風土を反映してちょっと甘めですが、それを甘いけどさっぱりと自分の形にしていきたい」と変化も呼び込む。
今後、もう一つの看板「天麩羅」にも新風を吹きこみたいと重剛さんは目論んでいる。お刺身やお酒を充実させ、鰻以外の料理も本格化したいと。
3代目が引き継いでまだ5年、これからどのような「始まり」がお店を彩ってくれるのか、ますます目が離せない、福生自慢の老舗中の老舗だ。