「聞こえる!」という、喜びの声が聞きたくて
たまたま入った、補聴器の世界

どんなことでも気軽に話せる店内。扉を開ければ野呂さんの笑顔が待っている
どうか、無理して我慢しないで
野呂さんと話していて気づくのは、はっきりゆっくり、わかりやすく話すことだ。「甥っ子たちと接してきたからか、口を大きく開けてゆっくり大きい声で話す習慣があって、そのおかげか、お客さんから『あなたの声はすごくはっきり聞こえやすい』と言われますね」と、野呂さんの仕事は「聞こえない人たち」との対話に始まり、対話に終わるものだ。
その中で野呂さんが感じるのは、聞こえないことを我慢する生活はとても寂しいものだということ。「聞こえてないから適当に返事するしかなく、電話が聞こえなくても相手に悪くて、『大きな声で話して』と言えない。家族の会話に付いていけず、家族がいてもひとりぼっちで寂しい毎日を送っている」と。だからこそ、恥ずかしがらずに補聴器を使ってほしいと願うのだ。補聴器を初めて耳につけた時は「目立ってイヤ。恥ずかしい」と言うが、一度使えば、もう手放せなくなる。だって、聞こえない毎日より、聞こえる方が格段に素晴らしい。コミュニケーションの楽しさこそ、生きる糧そのものだから。こうして元気の無かったお年寄りが聞こえる喜びに出会い、イキイキと元気になっていくのを見るのが、野呂さんの何よりの喜びであり、やりがいもここにある。
高齢者だけでなく、30代の若さでも聴力が落ちることがあるという。とにかく「早く付けた方がいい。付けないより、付けた方がどんなにいいか」と補聴器の大切さを訴える。 」
野呂さんは今日も技術者として、孫として、娘として、あらゆる人に「聞こえ」の喜びを提供している。「来ていただいたことが、とてもうれしいのです」と。こんなサロンが地元にあることは誇りであり、私たちにとってもそれはやはり大きな喜びだ。

エアーブラシアートデザイナー、八巻昌子さんが手がけた「フラワーセレクション」。八巻さんは野呂さんの友人でもある










野呂さんは高校卒業後、リオネットの補聴器メーカーの製造部に入社した。そこで3年間、補聴器の製造に関わったことが、結果として今の自分に大いに役立っているという。甥っ子2人が生まれつきの難聴だったこともあり、野呂さんの父の勧めで入社したのだが、「たまたま入ったのが補聴器の世界でした。甥っ子たちのこともあり、補聴器に携われればいいかなとそんな程度だったのですが・・・・」と振り返る。
10年前、父が福生に補聴器専門店を開くに当たり、研修を受け、20代半ばという若さながら「補聴器技術者」として、店長となり店を担うこととなった。「皆さん、最初会った時、私のことを事務員だと思うようですが、『これでも、一応20年のキャリアがあるんですよ』と言うとホッとされるようです。補聴器の構造が分かるというのは、強みだと思っています。ただ研修を受けただけとは違う」と野呂さん。故障時の対応はもちろん、細かな調整、機種選定でもその経験は大いに発揮されている。