あくまでも、地域に根ざした「食」として
昭和30年、伊勢屋創業

こうして伊勢屋ではひとつひとつ、手作りされる。
地域に密着した、食として・・
上生菓子「寒牡丹」を作りながら、「こういう上品なお菓子を作るのは、お正月だけ。普段はやりません」と幡垣さん。和菓子職人としてもちろん技術はあるが、あえて店の定番にはしないという。「肩が凝るようなものじゃなく、普段着のお菓子がイチバン。職人の技がどうの・・なんて気張ったことはやりたくない」とハハハと笑う。幡垣さんは製菓学校で和菓子作りを学び、卒業後は2年間、洋菓子店で修行をした。「和菓子の技術だけで家に戻るつもりはなかった。発想が狭くなるし、勉強し続けたい」との思いゆえのことだった。
家業を継いで18年、「もちろん、柱は伝統の商品ですが、職人として固まらないように・・」と2代目主人は新商品への意欲も満々だ。今や3児の父、夕方には小学生にバスケットを教え、福生二中の若きPTA会長としても活躍中。「今後とも、地域に密着した店として、"間違いのない味"を提供していきたい」と幡垣さん。アツいハートで地域貢献に邁進する、明るくおおらか、気さくな和菓子職人の姿は、飾らない伊勢屋の味そのものに見えた。

伊勢屋自慢の団子。あん、みたらし、磯辺の3種。










訪ねたのがちょうど年の瀬だったこともあり、さまざまな大きさのお供え餅や切り餅が、店頭を飾っていた。毎年、この時期、伊勢屋ではどこもかしこも「餅だらけになる」という。「もちろん、最上級のもち米を使っています。今年は米が不作でしたが、みなさん、毎年、おいしいお餅を食べたいと楽しみにされていますから、米の質だけは落とせませんね」と幡垣さん。味が変われば、「何だ?」とすぐわかるお客さんばかり。これほど多くの、かつ長い間にわたるファンが多いのも伊勢屋の大きな特徴だ。
伊勢屋創業は、昭和30年のこと。幡垣さんのお父さん、実さんが若干、22~23歳の頃、和菓子職人を雇って銀座通りに店を構え、大福、おはぎ、団子などの餅菓子に、酒まんじゅう、茶まんじゅうなど当時のお茶の間に欠かせない和菓子を、自家製・手作りで販売した。誰もが食べ親しんでいる定番の和菓子が買えること、そして何よりその味が支持され、人気を博し、以来、地元・福生のみならず、あきる野市まで根強いファンを拡げてきた。