福生・Fの店は「お客様目線で考える」お店。お買い物や、お食事、暮らしを楽しくするハナマルブランドです。
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経師屋の技と誇りを今に伝える、信頼の店
ツゲヒョウグテン

柘植表具店

「本物の職人」に、自信があります。
住所
福生市志茂192‐2
TEL
042‐551‐0743

伝統的な技を、何百年後にも残したい

はじまりは昭和10年、中野から

ふすまを貼る作業。のりを水で薄めていき、薄い糊を作っていく。そこへわら半紙をはり、しわなく丁寧に仕上げる

柘植表具店の創業は昭和10年、職人として修業をしていた工さんの祖父が中野で独立、開業した。祖母が福生出身だったこともあり昭和16年に福生へ。以降、福生の地で代々、経師師としての仕事を続けてきた。祖父は工さんが4歳の時に他界、父の守さんが跡を継いだ。

幼い頃から工さんは、父が仕事をする姿しか見たことがない。当時はそれほどまでに、襖の張り替えの需要があった。もともと家業を継ぐつもりだったが、どんなものかと大学に進学。政治経済を学ぶ場なのに周囲は授業に出てこない。それでも単位は取れる。20歳で大学を見限り中退、経師師への道に進んだ。

「最初の頃は、『この選択、間違ったかな』と思いました。もっと楽しいイメージがあったのに、最初の1年は掃除だけ。親父は道具にも触らせてくれない」

これぞ、“ザ・職人”だ。職人仕事はまず、片付け・掃除から入る。そして目で盗め、手で覚えろと、守さんは昔ながらの職人気質そのままに息子に向かった。

「『道理を知れ』ですね、親父の教えは。難しかったのは、糊付けです。糊の濃さを決めるのが大変なんです。カチカチのものを水で溶いて行って、ちょうどいい加減にしないといけない。物によっては、薄い糊、濃い糊と使い分けるんです。そのバランスを見るのが難しかったですね」

経師屋として一人前になるには、10年はかかるという。それでも5年目になれば、仕事も任せてもらえるようになってきた。

「クロスを、一人で行って終わらせて来いって。うれしかったですね。何とも言えない達成感がありました」

今や、職人歴15年。持病をもつ守さんに変わり、今は工さんが現場へ出かけていく。

伝統的建築の良さをわかってほしい

小金井市にある「江戸東京たてもの園」創設にあたり、デ・ラランデ邸の修復は壁の下地を先述の「袋張り」という技法で行わなければならなかった。いろいろな経師師に当たったそうだが、どこも経験がない。ところが、守さんにはあった。ということで都は、柘植表具店へ工事を発注。親子そろっての文化財修復という、貴重な作業となった。

「自分たちがやった仕事が残るというのは、嬉しいですね。そういう意味では、改めて伝統技法をきちんと残していかないと、と思いました。今、若者への技術の伝承をどうしていくか、具体的に考えています。われわれは、何百年も残る仕事ができるわけですから」

周囲を見れば、辞めていく表具店ばかり。息子が継がず、クロス屋に転業するケースがほとんどだという。和室が減っているばかりか、ホームセンターに行けばお手軽な襖や障子を売っている。でも、こんな時代だからこそと、工さんは思う。

「やっぱり、経師屋にこだわりがあるんです。かっこつけたいんですよ。やり方によっては魅力のある職業だし、親父は『おまえの好きにしろ』と言ってます。これからは営業にも力を入れ、経営力も磨いて行かないと……」

工さんが現場を飛び回る一方、銀座通りに面した仕事場では守さんが今日も、コツコツと作業を続けている。今、守さんが廃材で作る、棚などに飾る小さな「玄関屏風」がひそかな人気だ。それは「紐蝶番」、「無双」という風抜きなど、まるで経師の技の博物館。経師としての技術を生かし技術を残す「玄関屏風」は、柘植表具店3代の矜持と誇りを体現していた。

守さん作の玄関屏風。無双窓による風抜き効果、珍しい技術である紐蝶番も
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