福生・Fの店は「お客様目線で考える」お店。お買い物や、お食事、暮らしを楽しくするハナマルブランドです。
このHPはプロのライターが取材して各店のこだわりを紹介します。
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悶絶必至、限りなく天然に近い“極上鰻”
ウナギ テンプラ クボタ

鰻・天麩羅 くぼた

「ふっくら鰻」に、自信があります。
住所
福生市福生910
TEL
042-551-0545

50年という老舗の土台の上に

いろいろな"ハジメの一歩"

焼き台の上で、何度も何度も鰻を動かす。これが鰻とタレの特徴を生かし、鰻の美味しさを引き出すための「百扁返し」。こうして、くぼたの鰻の特徴である「照り」を出すという

「くぼた」の創業はおよそ、50年前。お店では「ママ」と呼ばれる重剛さんの祖母・松江さん(現在93歳!)が、小料理屋をオープン。当時は、料理屋とともに、米軍の将校さんが宿泊をする旅館もやっていたという。

この店に「鰻」と「天麩羅」という2大看板を打ち立て、個性を確立したのが松江さんの息子、2代目の重信さんだ。ここで、「くぼた」は、新たなスタートを切ることとなる。重信さんは「営業部長」として、店の周知に飛び回る。そのおかげで「くぼた」は、福生では知らない人はいないほどの名店となる。  

この跡を継いだのが、3代目の重剛さんだ。ここで「くぼた」はまた、新たな始まりを迎える。重剛さんは手ぬぐいを頭にキリリと巻き、作務衣姿で厨房に立つ。経営者でありながら、自ら料理を作って供すという「職人」の道を選んだのだ。  

鰻の匂いと共に育ったといっても過言ではない。「もともと鰻は大好きだったけど、店を継ぐとは積極的に思っていたわけではなかった」と振り返る。とりあえず入ったのが、調理師学校。「もっと遊びたいでしょ」と真面目一徹の姿に、お茶目な一面が顔を出す。  

あらゆる意味で勉強になったのが、社会福祉協議会に就職、デイサービスで料理を作ったことだった。栄養士に「怒られながら」、いろいろなことを学んだ10年。料理はすべて手作り、お菓子も作った。何よりお年寄りに喜んでもらえることが喜びだった。  

そしていよいよ、店を継ぐとなった時、ひょんなことから出会ったのが「蒲焼屋学校」だった。

すべては、蒲焼屋学校から

蒲焼屋学校というものがこの世にあるのが、驚きだった。これは「坂東太郎」の卸業者「忠平」が、蒲焼職人を育てる養成所だ。場所は、千葉県銚子市。重剛さんは妻子と離れ、一カ月泊まり込みで、蒲焼の工程を一から学ぶ。たまたま一緒に学んだのは同じ、鰻屋の息子たち。ここでいろいろなネットワークを得、いろいろな鰻屋を見る機会も得たことも大きかった。もちろん、このルートから特別に「坂東太郎」を仕入れることができたのだ。  

店を継ぐからには、いい店にしたい。この5年、その一念でやってきた。キレイで清潔、落ち着ける雰囲気で「食べて感動してもらえるような、その感動を何より表現したい」と。その表現のひとつが鰻であり、「感動を与えられるような鰻」を提供することに心血を注いできたのだ。  

「それもこれも、店の土台があったからだと思います」と重剛さんは言う。祖母と父が作ってきた土台があればこそ、そこに自分の形を加えることができるのだ。「もともと、うちの串は関西風の長い金串なんです。これは何度もひっくり返すのにちょうどいい」と伝統を受け継ぎ、「継ぎ足し継ぎ足し使っているタレは、西多摩の気候風土を反映してちょっと甘めですが、それを甘いけどさっぱりと自分の形にしていきたい」と変化も呼び込む。  

今後、もう一つの看板「天麩羅」にも新風を吹きこみたいと重剛さんは目論んでいる。お刺身やお酒を充実させ、鰻以外の料理も本格化したいと。  

3代目が引き継いでまだ5年、これからどのような「始まり」がお店を彩ってくれるのか、ますます目が離せない、福生自慢の老舗中の老舗だ。

"割き8年、串打ち3年、焼き一生"と言われる、鰻の世界。まだまだ、これからと重剛さん。今後は天ぷら、お刺身等を充実、お酒と料理をゆったり楽しんでもらいたいという
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